運命について細い月に向かって祈る

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「今日、元気無いけど何かあった?」
スケートボードパークからの帰路、運転席でハンドルを握る友人に思い切って聞いてみた。
ハツカネズミが駆ける回し車のようにカラカラと空回りする僕のやる気とは裏腹に、余りにも元気のない友人が気になったからだ。

「うん、息子の事が気になってね、俺だけがスケートボードを楽しんでいい物かと思ってさ。」
友人の息子は数日前、スケートボード中に足の骨を骨折したのだ。
彼自身も、息子と同じ年の頃に同じく足首を骨折し、高校の入学式は車いすで登校したのだそうだ。
白髪交じりのワイルドな髭を蓄えた、彼の高校時代を想像してみたが上手く思い描けなかった。

「運命っていうと大袈裟かもしれないけど、なんだか考えちゃってさ。」そう言った彼の視線はセンターラインではなく、どこか遠くを見つめていた。
それから彼が10代の頃住んでいた、サンフランシスコの話を聞きながら家路に着くのだった。


翌朝、職場で運命を信じるかという話になった。
スタッフの一人が言う。
「そういえば、親父が二十歳の頃大きな事故を起こして、兄貴も二十歳で大きな事故を起こして、俺も二十歳の頃に事故ったんですよね。」
ここまで聞くと、偶然で片付けてしまえないような話である。
「でも、弟と妹は二十歳になっても無事だったんですよね。あいつらは俺らとは全く違う人生歩んだんで、きっとそれで助かったんだと思います。」
確率が1/2になった。偶然で片付けてもいいのではないかという気になり、そして兄弟多いなとも思った。

僕は人生で3度骨折して、1度靭帯を断裂し、車に1度突っ込まれ、1度突っ込んでいる。
息子たちが同じ目に合わない事を、電線の向こうに浮かぶ細い月に向かって祈る。
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