捨てられないもの

「捨てられないもの」
この言葉を聞くと、初恋の男から貰った第二ボタンだったり、別れた妻が残した書き置きだったり、人生で初めて買った安物のギターだったり。
それぞれ甘さや苦さやのような"味覚"のある物をまず思い浮かべるのだが、この言葉が指すのは決してこれだけではない。

また痩せれば着られるかもと、いつまでもクローゼットを占拠する洋服だったり、いつか役立つはずだと溜め置いている輪ゴムや、コンビニのレジ袋だったり。
そんな不確定な未来への希望がパンパンに詰まった物も指すこともあるし、質量は存在しないのに縛ったり縛られたりする、そんな長さを持ち合わせた"想い"や"気持ち"を指すときもある。



今、僕の部屋で独特の存在感を放っている「捨てられないもの」は、そのどれにも該当しないものだった。
それはリビングダイニングの冷蔵庫の前に置かれたトランポリンである。


家族が居なくなった後、見向きもされないままずっと放置されたイグニオ社製の物で、その直径は約90センチメートル程。
四人暮らししていた部屋に、今は人間独りと猫二匹の生活。そして殆どの時間をソファーの上だけで過ごすため、部屋は無駄なスペースだらけではあるのだが、それでも直径90センチメートルの物体の存在感はすごい。


特に強い思い入れがあって捨てられない訳ではないのだ。
金属素材で出来ている上に、スプリング付きのトランポリンはアパートのゴミ捨てルールで、物理的に"捨てることが出来ない"為である。


行政のサービスで、そのような不要物を有料で引き取ってくれるとYAHOO知恵袋にあったので、早速、市のホームページにアクセスして必要情報を入力。
種類の欄で最も近いであろう「スポーツ用品」を選択して送信した。


翌日の午前中に、コンビニでも販売している引き取り用ステッカーなるものを購入し、受付番号を記入して貼り付け、指定の日時に住居の玄関前へ置いておくよう、丁寧な指示メールが来た。


早速僕は近所のローソンへ向かい、カルビーのピザポテトとサントリーの缶コーヒーをレジカウンターに置き、目の前に立ったスタッフに煙草と、市の指定ステッカーという物を口頭でお願いする。
バーコードをスキャンして合計金額を告げられたので、ポケットから引き抜いたデビットカードを差し出すと
「すみません、市のステッカーは現金払いのみになります。」
と、申し訳なさそうに謝るミャンマー人の若いスタッフ。
残念ながら現金の持ち合わせが全くなかったので、市のステッカーをキャンセルして貰い、カード決済を完了させた。


部屋に帰った僕がアニメを観ながら、ぼりぼりとピザポテトを食べていると、猫達の内の一匹が置きっぱなしのトランポリンに飛び乗り、そのまま丸くなって眠り始めた。
メッシュ生地が涼しく、体重で柔らかく沈み込む感触が気持ちよいのだろうか。


いつかまた流行が到来したら着るのだと、山のように積まれた洋服に袖を通す機会は未だに無く、この気持ちは生涯忘れてはならないと、タトゥーにまでして刻んだ言葉は何の支えにもならないのに、この「捨てられないもの」はすぐに違う生き方を見つけた。


人生ってこういうものなのだろうな、という僕のつぶやきに、ピザポテトの租借音に耳を立てていた猫がミャーと答えた。
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