女達は皆、僕の脳を吸い取る

ふと、身体の違和感で目を覚ます。

窓から覗く空はまだ暗いが、濃い藍色に水滴を垂らしたように所々うっすらと滲む雲が、もうすぐ来るであろう朝の訪れを感じさせる。
胸に抱いたスマートフォンを見ると、4:50のデジタル表示。眠りについたのが確か3時過ぎだったので、まだ2時間も経っていない。

何かが居る。
この部屋の中に僕以外の何かの存在を確かに感じる。生まれてこの方、幽霊や妖怪等の類を目撃したことはないが部屋に漂う雰囲気というか、空気の振動というか、うまく形容できないが”ここに何かが居る”という事実を確かに感じる。

重たい頭を持ち上げ、暗い部屋で目を凝らす。姿は見えないが確かに”居る”のだ。しかし僕の五感のセンサーは何も捉えられない。

諦めて、まずは身体の違和感の正体を探る。自分で抱きしめるように裸の身体へ腕を回し、手のひらで皮膚の隅々まで触れる。
そうすることで、この部屋にいる何者かの正体がすぐにわかった。
背中や腕の至る所に小人が築いた盛り土のような膨らみがある。指先で触れると疼く様な痒みを覚える。頭の先からつま先まで、その盛り土を数えようと試みるが、カウントが40を超えたところで諦めた。

その正体は紛うことなく、蚊である。

暦の上ではもう冬に差し掛かる時期ではあるが、ここ沖縄ではやっと来た夏の終わりといってもいい気候である。
夏の終わりの蚊は本当に質(たち)が悪いというのは一般論であり、経験則でもある。
何度皮膚にストローを突き刺しても満足せず、その腹が透ける程まで体をパンパンを膨らませ、最後にはそのお礼にと、酷く長引く痒みを置いてゆくのだ。

盛り土を行う蚊、つまり血液を吸う蚊は全てメスだと聞いたことがある。
産卵の為に必要な栄養源を人間も含む哺乳類の血液で賄う為なのだそうだ。

女性達にこんなにも自分を必要とされるなんて、男冥利に尽きるではないか。まるでいつも見ているハーレムアニメの主人公たちのようだ。
さあ、存分に僕の血液を糧とするがいいさ。とはならない。身長と同じく器も小さい男である。

部屋の明かりを付けて、ローテーブルの上に置いてある、ブリキで出来た蚊取り線香のケースを手に取り、すぐさま開ける。
中身は空であった。そう、数日前の晩に燃やし尽くし、全て煙に変えた事を思い出した。拳を握り締めながら、脳内の買い物リストにすぐさま力強く書き込む。

どこかの神への祈りのように、朝日が差す中、何度も何度も両の掌を音を立て叩き合わせながら僕の休日が始まった。

午前中はスケートボードに出かけ、午後に近所のスーパーに立ち寄る。一週間分の冷凍食品と乾麺をビニール袋一杯に買い込み家路についた。

あっという間に夜は更け、時計の針が12時を回ったころ、左耳が微かな羽音を捉えた。僕にはもうその正体が分かっている。
ブリキで出来た蚊取り線香のケースを手に取り、開ける。
当然の事ながら、中身は今朝と全く変わらず空であった。

夏の終わりの蚊は血液を吸い取るだけではく、僕の脳も一緒に吸い取るようだ。
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