恥ずかしくなんかないよ

「大丈夫?怪我してない?」
コンクリートの上で蹲る(うずくまる)僕に、少年は心配そうな表情を浮かべながら声を掛けてきた。
僕は片膝を付いて起き上がりながら、その問い掛けに対して「落ち込んでる」と答えた。


「そのスケボー乗ってみたい!」キラキラとした眩しい瞳を向けてきたのは初めて見る少年だった。年のころは10歳くらいだろうか。彼はBMXと呼ばれる競技用自転車に跨っていた。
スケートボードパークで時々スケボー以外のスポーツをされている方を見かける。BMXだったり、インラインスケートやローラースケート、キックボード等、今は様々な競技を、色々な年代の方が楽しんでいる。
競技が違うからといってお互い別に壁などは存在しない、少なくとも僕には存在していないが、特に共通して話すこともないので挨拶をするだけのライトな関係である。
だから自転車に乗った少年に突然話しかけられて、少なからず驚きはしたが、動揺する程の事ではない。僕は快くスケートボードを手渡した。
代わりに、彼が跨っていた自転車を手渡された。
彼が僕のスケボーに乗っている間、暇なのでこの自転車に跨ってみた。恐ろしくサドルが低い。座ったままペダルを漕いでみると膝がハンドルに当たりそうになった。
軽くパークの半分を回りながら、コツがつかめてきたのでウィーリー的な事を試みたところ、着地の再に前に詰まってハンドルに腕を巻き込まれながらコンクリートに叩きつけられた。


僕のスケボーを手に持ったまま駆け寄ってきた少年は「落ち込んでいる」という僕の答えに対して不思議そうに、何故?と聞いてきた。
「だって、大人が転ぶって、情けない事でしょ?だから、とても落ち込んでるんだよ」といいながら、自転車を返す。
ハンドルを受け取った少年は不思議そうな表情はそのままでこう言った。

「全然恥ずかしくないよ、だって最初は皆コケるんだよ。大人も子供も関係ないよ」

彼の発した言葉と、彼のキラキラと淀みのない瞳の両方に、なんだかとても心動かされる物があった。
僕は、「そうだね、本当にその通りだと思う。」と答えた。
そうだよ、落ち込む必要なんてないのだ。完全に痛めた左足を引きずりながら笑顔でパークを後にした。
スポンサーサイト



自分の気持ちが自分で分かっていない事を自覚する

「自分の事なのだから、自分で決めればいいじゃない!?」
ハンドルを握る友人は語気を強めてそう言った。
確かにその通りである。もう自分の気持ちが自分で分からなくなった。


お互いの髪型の話になった。独身の中年男性が二人でする会話ではないと思いつつも、他に提供できる話題もないのでこの会話のキャッチボールを続ける。
「その髪切りたいって言ってたでしょ?切らないの?」
そう言われ、僕はもうすぐ腰まで届きそうな程伸びた自分の髪を手に取った。以前から暑いし邪魔だし洗うのも大変だし、長い髪の事を言われると僕は必ず、
「本当は切りたいけれど、周りの皆が 『えー!切るなんて勿体ない!』 って言うからさ。とりあえず放置してる。」と答えていた。今日も同じように放り投げたのだが、彼からは思ってもいない速度のストレートが返ってきたのだった。
僕は本当に髪を切りたいと思っているのだろうか?


髪が長いというだけで、結構モテる。女性にちやほやされるという事ではないが、男女関わらず、人見知りで自分から話しかけない僕の事を一度会っただけでも覚えて貰えるし、結構便利だった。
「それって地毛ですか?触ってもいいですか?」と、初対面で探り合いになるであろう会話の糸口を、いとも簡単に相手から引き出せる。結構これはこれで便利なのだ。
しかし、最近僕のような中年男性で髪が長い方を見ると、なんというか言葉を選ばず、失礼を承知で言うと、気持ち悪さが前面に出ているような気がするのだ。自分も他人から見るとこんな風に気持ち悪いのかと思うと、思い切って坊主頭にしたい気分だ。
それとなく知人や友人に、髪を切りたいという話を振って反応を確かめる。"折角伸ばしたのに勿体ない"や、"似合ってますよ"という答えを聞いて安心感を得ようとしているのだろう。


「二か月前の糞みたいに暑い季節は本当に切りたかったんだけど、最近は少し涼しくなってきたからさ。また暑くなったら切ろうかな。」
そう答えた僕に、あまり納得していない様子の彼へ「そのオールバックかっこいいよね、清潔感あるし、ダンディだしさ。」と、転がすような甘い球を投げて返す。
半分空いたカーウィンドウからの風で暴れる僕の髪先が鼻を擽り、大きなくしゃみが車内に響いた。

憂鬱という言葉の意味をずぶ濡れで考える信号待ち

出勤時間を知らせるアラームが鳴る。どうやら世間は祝日らしいが、会社は日曜のみ休みなので普段の月曜と同じように、適当な服を見繕い、適当に歯を磨き、適当に顔を洗って家を出る。
細かな霧雨が中空を舞っている事に、スクーターに跨ってから気付いた。今更、雨合羽を羽織るのは面倒なのでそのままアクセルを回す。
路地から通りへ出る最初の信号機の前で、LEDが青に変わるのを待っている間、落ちてくる雨は強さを増し、適当に選んだグレーのスウェットパンツを雨粒が色濃く染めていった。

先週の月曜は、猫の様子を見に来た元妻に手を振り見送られ、久々に聞く「行ってらっしゃい」という言葉にむず痒い様な、寂しような、何とも形容し難い憂鬱な気持ちでの出勤であったが、土砂降りに変わった雨足の中、全身ずぶ濡れでスクーターに跨る今日は、先週とは全く違う憂鬱な出勤である。

憂鬱という言葉の意味が、よくわからなくなってきた。
一つの単語が一つの気持ちを表している訳ではないのだなと、ヘルメットに落ちる雨粒の激しいリズムに身を委ねながら改めて思う。

知人のアメリカ人と片言の英語で話しているとき、「緊張している」事を相手に伝えるために、「ナーバス」という単語を使った。
しかし、僕が普段感じている「ナーバス」という言葉の意味と、今僕が抱えている「緊張」はちょっと違うのだが、正確に気持ちが伝わっているのか不安になる。これは僕の英語の能力の低さによるものも大きいのかもしれないが、母国語である日本語でも僕が感じて口にした単語を、相手がどのような意味で理解するかを、こちらが完全にコントロールするのは本当に難しい事なのだ。

天気予報をちゃんと確認して、最初から雨合羽を羽織って家を出るだけで回避できたはずのこの全身の冷たさ。しかもよりによって選んだズボンがスウェットパンツという悪手で、太腿に重く張り付くコットン生地のたまらない不快感。世間様は連休という事で、普段はこの時間混み合うはずの丁字路に、たった独りシグナルを待ちながら、ずぶ濡れで物思いにふける月曜の朝。それが今抱えている憂鬱である。ほんの少しでも正確に伝われば嬉しい。

目の前の横断歩道の歩行者用信号が赤に変わってから一呼吸置いて、頭上のLEDに青い光が灯った。

運命について細い月に向かって祈る

fc2blog_20201119181600c61.jpg


「今日、元気無いけど何かあった?」
スケートボードパークからの帰路、運転席でハンドルを握る友人に思い切って聞いてみた。
ハツカネズミが駆ける回し車のようにカラカラと空回りする僕のやる気とは裏腹に、余りにも元気のない友人が気になったからだ。

「うん、息子の事が気になってね、俺だけがスケートボードを楽しんでいい物かと思ってさ。」
友人の息子は数日前、スケートボード中に足の骨を骨折したのだ。
彼自身も、息子と同じ年の頃に同じく足首を骨折し、高校の入学式は車いすで登校したのだそうだ。
白髪交じりのワイルドな髭を蓄えた、彼の高校時代を想像してみたが上手く思い描けなかった。

「運命っていうと大袈裟かもしれないけど、なんだか考えちゃってさ。」そう言った彼の視線はセンターラインではなく、どこか遠くを見つめていた。
それから彼が10代の頃住んでいた、サンフランシスコの話を聞きながら家路に着くのだった。


翌朝、職場で運命を信じるかという話になった。
スタッフの一人が言う。
「そういえば、親父が二十歳の頃大きな事故を起こして、兄貴も二十歳で大きな事故を起こして、俺も二十歳の頃に事故ったんですよね。」
ここまで聞くと、偶然で片付けてしまえないような話である。
「でも、弟と妹は二十歳になっても無事だったんですよね。あいつらは俺らとは全く違う人生歩んだんで、きっとそれで助かったんだと思います。」
確率が1/2になった。偶然で片付けてもいいのではないかという気になり、そして兄弟多いなとも思った。

僕は人生で3度骨折して、1度靭帯を断裂し、車に1度突っ込まれ、1度突っ込んでいる。
息子たちが同じ目に合わない事を、電線の向こうに浮かぶ細い月に向かって祈る。

やる気の無さは伝染するが、独りでやる気を出しても空回りする。

ここ数日、夏がUターンして戻ってきたような陽気が続いている。頼んでもいないのにご苦労な事だ。
冬特有の天井の高い空から似つかわしくない日差しが降り注ぐ、灼熱のスケートボードパークに到着したのは昼前の10時であった。一緒に行こうと約束していた友人から、「二日酔いなので今日は行けない。」と連絡があった時にはもう家を出た後だ。
かれこれもう2時間程、スマートフォンでニュースサイト見たり、SNSをチェックしたりしながら、パークの端で独りぼんやりと煙草を吸っている。

12時を過ぎたあたりで、やっと数人の子供たちが現れた。
皆楽しそうに滑っている。それを見ていても、なんだかちっともやる気が起こらない。暑すぎる日差しの所為か、はたまた重たい身体の所為か。

はしゃぐ子供達を余所に、僕はまだスマートフォン片手にぼんやりとしていた。それを横目に見ていた子供達もだんだんとダラけ始めた。
さっきまでは頑張ってトリック練習をしていた子供達が、僕と同じように木陰でスマートフォンをいじりだす。
やはり、やる気のない中年が同じ空間でダラけた態度でいると、そういう空気は伝染していくものなのだ。

スケートボードだけでなく、バイトでも部活動でもそうだが、僕の経験上、年上の者がダラけた態度を見せていると、その怠惰な姿勢は驚くほどのスピードで伝わっていくものだ。
未来のある子供たちに申し訳ないので、殆ど滑ることなくスケートボードパークを後にした。


数日後、友人達と仕事帰りに、夜のスケートボードパークへ行った。
新しく買ったシューズを今日下ろした僕は、いつもの30倍ほど気合が入っていた。その様子を見ていた友人知人達は「どうしたの?今日はなんだかやる気だねー。」と半笑いである。
慣れない事はするものでは無いな。独りで気合が空回りしている。ハツカネズミが回し車の中で一心不乱に走っている様子が脳裏に浮かんだ。よくよく考えれば鼠顔の僕にピッタリな光景であった。

世間の迷惑になっていないのなら、他人にどう思われようと、どう見られようと関係ない。
怠惰が他人に伝染するより、こっちの方がずっといい。

日中に蓄えた気温をまだ放出しているのか、夜になっても汗ばむ暑さである。高気圧の端に接しているとかで、時折思い出したように強風が吹くのだが、それでも暑さを吹き飛ばしてはくれない。知人達は家で飲むビールの話で盛り上がっていた。
僕に飲酒の習慣はないが、今とても、ヒマワリの種を齧りたい気分である。